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母の事故を通して、母に感じたことと家族に対して

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母が不注意で事故に遭いました。

この件に関しては、さきほど先に書いたブログ記事を読んでからどうぞ

母の事故を通して、母に感じたことと家族に対して

母が不注意で事故に遭いました。 この件に関しては、さきほど先に書いたブログ記事を読んでからどうぞ   事故の日 ...

 

事故の日の詳細

朝起きて布団の中でスマホをいじっている。

そんなときに母からのLINEが来て、普段どおりであれば後ほどチェックするが、何の気なしにふわっとLINEを確認したら

 

▲「事故起こしたすぐ電話くれ」

 

いつもの母を知っているので、すぐ電話。

どんな状態なのかを聞くが、少しばかりか弱くパニック混じりな感じだった。

警察の自己処理も終わって保険屋さんにとのことだったが、母の携帯は格安SIMを入れてあり、電話番号のない通信専用のSIMだったので電話ができないスマホだったのです。

なので、家に電話をしようにもできず、保険屋に電話をしようにもできず、私に電話をしようにもLINEでのやり方がわからないので電話ができず、このようにメッセージでのヘルプ要請だったのです。

私、身内だけ連絡が取れればいいと考え、電話は必要ないと決めつけてしまったのでこのようなスマホの契約にし、母を不安にさせてしまいました。とても反省です。

近日中に電話番号入りのSIMをちゃんと手配する予定です。

 

長岡から県央までなので1時間は待たせる

連絡をもらってすぐに実家へ電話し、おばばに保険屋さんに連絡するようにお願いしました。

レッカーの手配や保険の処理をしてもらうためです。

そして母には「今すぐに向かうから暖かいところで待っていてくれ」と伝えたが、そんな場所はないと。なので、仕方ないが事故にあった車の中で待機していてもらいました。

しかし、どう頑張っても長岡からでは1時間はかかる計算。まして、かなり雪が積もって路面の状態もなかなかの悪路。

ケチって下道ではなく、高速で向かいましたがやはり1時間弱かかりました。

母の待機しているところに到着したと同時に、保険屋さんも到着しいっしょに母から説明を受け、事故の内容を把握。

やはり当事者なので心のゆとりを感じず、言葉や立ち振舞からは緊張感と悲壮感がひしひしと伝わってきました。

保険屋さんとの話もすみ、後は任せて家に帰るだけになったので母を車に乗せ実家へと走りましたが、事故後の電話から実家への道のりの間の母の表情やリアルさが忘れられません

 

自分が思っているほど親は強くはなかった

たくましく兄と私を育ててくれた母からは想像もできないほどの、か弱く不安そうな電話がかかってきたとき。

事故現場に到着したときに母が見せた「不安」と「安心」の入り交じったような表情。

帰り道、自分の加齢と身体を気にしている様。

けして今まで私に見せることのなかった母の弱いところを一気に出されたような感覚でした。

 

20年前に離婚し、だれにも頼ることができず、どれだけ心が潰れそうだったのか。(実家は頼ってます)

いつも気丈に振る舞い、弱音を吐くことのなかった母に対し『弱さ』なんて微塵も感じたことがなかったです。

 

パニック気味な電話

自己処理後の私への電話、スマホがうまく扱えずにどうしていいかわからず焦ったのでしょう。

こちらの質問に対し、正確には答えられていませんでした。

 

到着したときの表情

「来たっ」という安心感が垣間見えました。

待ってる間、相当不安だったのでしょう。

すぐに「どうすればいい?」と言われました。

 

加齢・身体の心配

なにしろ今年で「還暦」。もう若くないことを実感しているようです。

膝に水が溜まって痛い、腰が痛いと言っていました。

 

老後のお金の心配

今勤めているところは25年ほど勤めてはいますが、特別な待遇のある会社というわけではない。

しかもパート社員。退職金はありません。

しいて特別な雇用と言えば70歳までは働いてていいらしい。

しかし家から勤務先までは約30分、冬場なら45分はかかるような場所。年老いてからその距離を通い、夜勤をするのも身体に響くと思う。

母にそう言ったら「そんないい時給で働ける場所は他にない」とのことなので、働き方についてはもう何も言いません。

 

母には元気でいてもらえればそれでいいのですが、離れた地では願い続けるだけになってしまいます。

兄がいるのですが、10年以上のニート。

母は自分だけでなくそんなニートの世話も入ってくるので、心労も気になります。

 

兄(ニート)の世話は春で辞めてもらう

事故の件で、思いました。

実家から来るまで5分ちょっとの場所にいる兄が何もせず、1時間離れた私が母を迎えに行く。

兄の存在の意味が皆無すぎる

それ故に実家に帰宅後、兄に言いました。

 

兄がニートでいることのすべてを

 

春までに働けと。

「どこもダメだった」とは言われましたが、働きたい気持ちがちゃんとあって、面接は本気だったのか?

10年ニートが正社員なんてムリに決まってる。

働き方は正社員だけじゃない、近所のバイトで1万でも2万でも稼げと。

春までの約束を守れないのであれば、片道の新幹線代を渡し東京でホームレスをしてもらいます。

家族に苦労をかけさせるヤツは追い出します。

 

母もばばも残りの人生を自分のために生きて欲しい

私が中3から今までさんざんお世話になってきました。

「いくつになっても親は親、子は子」と言いますが十分世話されました。

今回の母の弱さを見てしまっては「親の老後は兄に任す」とか言えなくなったなと感じます。

もしかしたら、今のような美容師を続けていけないかもしれないなとも思う1日でしたが、もう少し人生の歩みを考えてみないといけないのかなと。

万が一のことも視野に入れなければいけないことだけ記憶に残していきます。

今まで何もしてあげられなかったのですが、還暦はきちんと祝ってみようかな。

 

今回の母の事故は身近だけど遠い家族のことを深く深く考えるきっかけになりました

 

 

おしまい

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ハッタさん

新潟県に生まれ美容師として働きながらWEBの勉強をしております。

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