東日本大震災

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東日本大震災から5年。※現地の写真あり

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明日で東日本大震災から丸5年がたちます。

毎年3月11日を迎えると表には出しませんがとても心苦しく、深く考えます。

 

東日本大震災についての詳細(Wikipedia)

 

まさかが起こった日

当時、仕事中突然大きな揺れが長く続いて店内がざわついたことを思い出します。

震源地がどこかもわからず、また中越地震や中越沖地震のように近場で起きているのかと思うくらいでした。

ちょうどスマホや携帯にワンセグが搭載され始めた時期で、リアルタイムに状況が報道されていき、仙台空港に津波が押し寄せる中継も職場でお客さんと一緒に見ていました。

そんなことが起こるのか。

予想もしないことが発想の域を超えて起こる震災。予測していれば、予測できればだれも被災することはないだろうと思うけど不可能。

だからこその備えが必要だろうし、いざという時に動けるように心がけたいです。

 

自分の目で見てきた被災地

震災3ヶ月後に、岩手県陸前高田市にある松原苑という介護老人保健施設にボランティアでカットに行ってきました。

ボランティアがしたくて行ったわけではなく、被災地の様子を見に行ってみたいという気持ちでボランティアという大義名分があればいけるなって不埒な考え方。

ただ現地に向かう道中や被災地で見た風景は忘れることができないほどの惨状で、目的地の松原苑に向かう前に心が折れそうになってました。

東日本大震災

陸前高田市への道中

東日本大震災

陸前高田市

東日本大震災

陸前高田市・震災後3ヶ月

道中海からはかなり離れた場所でも瓦礫が積んであり、ここまで津波が押し寄せてきたんだなという印象。

市内はたぶん建物がいっぱいあって栄えていたんだろうなという感じがしましたが、見渡す限りの瓦礫・土・砂・廃屋で何がどこにあったのかまったくわからない状態。

写真はないですが、瓦礫の塊のような家屋や廃屋になったビルに「捜索終了」の紙が貼られていました。もしかしたらまだどこかに遺体が隠れてるんじゃないかと思えるほど。

 

以前がどんな街だったかは全く分かりませんが今現在の陸前高田市のgoogleマップの様子

グーグルマップ陸前高田市

何が何だかわかりません。

もっと寄ると

グーグルマップ陸前高田市

何にもない。

タイムマシンみたいに昔の写真が見れればなぁと思います。

上の写真の赤い点がその時いった施設です。やや高台にあり津波の被害は免れたそうです。

津波が押し寄せて1階が壊れ2階が無事でしたよって家がありました。施設もギリギリだったそうです。

 

震災後の様子

 

施設にて

松原苑では被災した人たちが髪を切ることで少しでも元気になってもらえればと思ていましたがどうしても周囲の被災状況を見て自分の気持ちが落ち気味。

こんなんで大丈夫かよって思っていました。

ただ、髪を切った結果、入所者のおじいさんやおばあさんが笑顔になってくれて嬉しかった。

その様子を見て、髪を切りたくなった従業員の人も笑顔になってくれた。

美容師の仕事は場所を選ばず笑顔にできる仕事なんだなと感じました。

従業員の方を切ってる最中、

「家が流れた」

「通帳が流れた」

「親が流れた」

「でも生きている」

そういって前向きに姿を見せてくれました。

施設内の人たちの方がよっぽど明るく元気でした。乗り越えきれないほどの悲しみを背負いながら明るく接してくれる従業員の人たちから逆に元気をもらった気がします。

 

施設の屋上に案内され、見える景色。

東日本大震災

陸前高田市介護施設松原苑からの風景

ほぼ中央にあるビルが7~8階建てのビルなんですが、あれの先っちょがかろうじて津波から出ている状態だったそうです。

学校に逃げた人、市役所に逃げた人、病院に逃げた人などいろんなところに避難したらしいですがこのビルが隠れるほどだと巻き込まれる人も多かったと言ってました。

当時の状況を話してくれて、たまたま仕事でここにいたから助かったと。

新聞やテレビでしか知らなかった世界がそこにあり、現地の人の言葉で話をたくさん聞いて忘れてはいけない出来事だったんだと深く胸に刻まれました。

施設の方にボランティアで来てくれたことを地元の新聞に投稿しますと感謝の言葉をいただきましたが、貴重なお話をいただけて逆に感謝しています。

ボランティアで髪を切りに行ったつもりが、多くのことを学ぶ場だったんだと今は思います。

 

これから

まだまだ復興には時間がかかるとは思いますし、完全に元に戻ることはないでしょう。

復興の助成金みたいなのも政府が不正に流用していたり、多額の寄付金が不透明な使われ方をしているのもなくはないと思います。

できるだけ早く少しでも活気を取り戻せるように取り組んでいってもらえればと思ってます。

個人規模で何かができるとは思ってないですが、現地で見て聞いて感じてきたことは忘れないようにします。この先、東日本大震災の記憶が風化しないようにし、一日も早く復興できるように祈り続けます。

そしていつかまた施設に行って髪を切れたらいいなと考えてます。

 

 

 

 

 

2016年3月11日14時46分18秒

たくさんの失われた命にご冥福をお祈り申し上げます

 

 

3ヶ月後6月17日に現地にボランティアで行った時の写真です。クリックで表示

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ハッタさん

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